東京高等裁判所 昭和28年(行ナ)30号 判決
原告 安島旭吉
被告 特許庁長官
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告は特許庁が同庁昭和二十六年抗告審判第九二三号事件につき昭和二十八年八月十九日になした審決を取消す、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求の原因として、
一、原告は表装用布紙製造法の発明について昭和二十四年九月五日特許庁に対し特許出願をしたところ、拒絶査定を受けたので、昭和二十六年十一月二十九日特許庁に対し抗告審判の請求をし、同事件は同庁昭和二十六年抗告審判第九二三号事件として審理された上、昭和二十八年八月十九日右抗告審判請求は成り立たない旨の審決がなされ、その審決書謄本は昭和二十八年八月二十九日原告に送達された。
二、右審決は次の理由により失当である。即ち
(1) 右審決に関与した審判長神谷和一は特許庁昭和二十七年審判第一一四号特許権利範囲確認審判請求事件の審判長として同事件に関与し又同審判長の前に本件抗告審判事件の審判長であつた近藤一緒と相通謀して不公正な審理をしたものであつて、本件抗告事件の審判官としての適格を有しないものであるから同審判長のなした右審決は失当である。
(2) 審決は本件特許出願につき原告が特許庁に提出した昭和二十六年六月三十日附訂正明細書は当初の出願の要旨を変更したものであるから採用し得ないとしたが、原告は当初の明細書が雑然と記載されていたので代理人をして整理させて右訂正明細書に改めただけであつて何等発明の要旨を変更したものでなく、審決が之を採用しなかつたのは不当である。
(3) 審決は当初の本件発明の要旨につき、右は本件特許出願前公知に属した特許第一〇〇六七〇号及び特許第一六六〇〇七号の各明細書から容易に到達し得るものであつて、発明とは認められないとしているが、右特許第一〇〇六七〇号及び第一六六〇〇七号の各明細書に記載されたものは単に藷類の蔓を細かに切断したものを一般の接合剤で布面に塗込んだと言う程度のものであつて、装飾張等の外装用の建築用材を得るに過ぎず、本件発明のように書籍表装用布紙である製本用資料を得るものとは発明の出発点も構想も全然異なるものである。本件発明は原告の有する特許第七八〇六六号及び第八六九二四号と類似し、該特許発明の継続的研究の結果更に進んで布面に紙類を張合わす代りに、紙の原料であるパルプ類を用い、同化するよう考案したものであつて、前記特許第一〇〇六七〇号及び第一六六〇〇七号は本件発明のように甘藷及び唐もろこしの茎類を起用し加工する点には少しも重点を置いていない。
三、よつて原告は右審決の取消を求める為本訴に及んだ。
と述べた(立証省略)。
被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、原告の請求原因事実中一、の事実は認める。
請求原因二、(1)の主張につき、原告主張の近藤審判長はかつて本件抗告審判事件の審判長に指定されたけれども、同事件につき何等の手続行為もしていないから審決には全然無関係であり、又昭和二十七年審判第一一四号特許権利範囲確認審判事件は本件抗告審判事件とは何等の関係もない事件である。従つて神谷審判長には本件審決をしたにつき何等原告主張の不適格の事由は存しない。
同(2)の主張につき、原告が、特許庁に提出した昭和二十六年六月三十日附訂正明細書には本件発明の要件として、(イ)、玉蜀黍、甘蔗(甘藷の誤記と考えられる)等の茎を軟化剤を含む温湯に浸漬すること、(ロ)、(イ)により処理した茎を並列した回転丸鋸を通して細い条片とすること、(ハ)、乾燥条片から外皮部を分離し漂白又は染色してからこれを緯糸とし、綿糸等を経糸として織布すること、(ニ)、この織布の片面に前工程で副成する泥状パルプを層着、圧搾、乾燥仕上げをすること等が記載されてあるが、このような工程はいずれも当初の本件発明明細書には全然記載されてない。従つて訂正明細書記載の発明の内容は当初の明細書記載のそれと全く別異のものであつて、このような訂正は本件特許出願に係る発明の要旨を変更したものであるから審決が之を採用しなかつたのは少しも不当ではない。
同(3)の主張につき、原告が当初特許庁に提出した本件出願の明細書の記載は頗る不完全であつて之により直に本件発明の要旨を把握することは困難であるけれども、審決は右明細書中の用語、説明等を総合して判断した結果右要旨が「唐もろこしの茎類、腐敗甘藷等をあらゆる布類にローラーで塗布し、乾燥シリンダー、圧搾ローラーを通して完成する表装用布紙の製造法」であると認定したものであつて、この認定には誤はない。而して右方法を特許第一〇〇六七〇号明細書及び特許第一六六〇〇七号明細書各記載の方法と比較するに、之等は製品製造原料並びに製造工程に於て均等であるから、本件出願の方法は特許第一〇〇六七〇号及び第一六六〇〇七号明細書記載の公知の方法から当業者が容易に到達し得る程度のものであつて、之を発明と認めることを得ないとした審決は誤つていない。
従つて原告の主張はすべて失当である。
と述べた(立証省略)。
三、理 由
原告の請求原因事実中(一)の事実は被告の認めるところである。
請求原因二、の(1)の主張につき審案するに、本件にあらわれたすべての資料によつても、本件抗告審判の審判長神谷和一が昭和二十七年審判第一一四号特許権利範囲確認審判事件の審判長としてその審理に当つたことがあるが故に本件抗告審判から除斥せられる原因とすべき事実あること、及び同審判長が本件審判をするにつきその前任者たる審判長近藤一緒と相通謀して不公正な事項をはかつたものとすべき事実あること、その他右神谷和一をして本件抗告審判事件につき審判するに不適格者たらしむべき原因たる事実あることを認め難いから右主張は到底之を認容することができない。
同(2)の主張につき、
成立に争のない甲第一号証(本件特許出願書)によれば、本件発明の要旨は唐もろこしの茎類及び腐敗甘藷等にパルプ化等の処理を施して得た塗布材料と錦織物、絹織物、人絹交織物その他あらゆる織布とを、塗布ローラー、乾燥ローラー及び圧搾ローラーの間に介在せしめて、塗布、乾燥、圧搾の三工程を同時に行い、該織布面に塗布材料を施し、これ等を一体するようにした表装用布紙製造法にあるものと解さなければならない。然るに成立に争のない甲第四号証(原告が特許庁に提出した昭和二十六年六月三十日附訂正明細書)によれば、その発明の要旨は、予めグリセリン或はロート油のような軟化剤の適量を加えた温湯中に長時間浸漬した玉蜀黍、甘蔗等の茎を所望の間隔を保つて並列した回転丸鋸を通して極めて細長い条片に裁断する工程と、之を乾燥して外皮部と髄質部とに分離する工程と、この外皮部の細条片をそのまま或は漂白又は染色等の処理を施した後之を緯糸となし且綿糸その他強靱なる糸を経糸として織布する工程と、この織布の片面に特に前記処理中に生ずる屑繊維を充分弾解したものとを混和せる泥状パルプを層着しつつ加熱ローラーを通して圧搾乾燥させる工程と、最後に織布表面を仕上げ加工する工程との結合を特徴とする裏打織布の製造法にあるものと解せられる。
よつて右両者を比較して見るに、前者のいわゆる「あらゆる織布類」の中には人絹交織物も含まれ、前記甲第一号証中の右発明の明細書(第三枚目第四――五行)には「唐もろこし茎類による交織布」と記載されてあつて、唐もろこしの茎から作つた糸を用いる場合があることを示唆しているが、これが如何にして得られるものか、及び後者のような処理を施して緯糸とすることについては全然記載されてない、又前者の塗布材料は前記甲第一号証中の明細書(第二枚目第十三行より第三枚目第一行)によれば単に唐もろこしの茎類と腐敗甘藷とにパルプ化等の処理を施して得たものと解し得るに得ぎず、後者のように特に唐もろこしの茎類から緯糸を作る場合に生じた屑繊維を混和した泥状パルプを用いることについては右明細書中に何等の記載もなく又之を示唆したところも認めることができない。然るに前述の後者の発明の要旨によれば唐もろこしの茎類に前記のような処理を施して緯糸を作製すること及びその発生した屑繊維を混和した泥状パルプを塗布材料とすることを発明の不可缺の要件としているものと認むべく、この点に於て後者は前者とその発明の要旨を異にしているものと言うべく、従つて前者を後者の通り改めることは特許法施行規則第十一条にいわゆる発明の要旨を変更したものであつて法律上許されないものであり審決が前記訂正明細書が発明の要旨を変更したものとして之を採用しなかつたのは相当であり、之を不当とする原告の右主張は失当なるものと言わなければならない。
請求原因二、の(3)の主張につき、
成立に争のない乙第一号証の特許第一〇〇六七〇号明細書には高梁髄又は茎条の細末に明礬水を浸潤せしめてこれを一旦乾燥し、ゴム液を加えて混練したものを、布の片面又は両面に塗着し、型に入れて加熱圧搾して布と細末とを一体的に凝結せしめて、帽子の製造、履物容器、建築材料等に適する弾性高粱板の製造法について記載されてある。そこで之と本件発明の方法(前記訂正によらないもの)とを比較するに、両者は共に茎類の処理物を接合剤で布面に塗着し、乾燥(特許第一〇〇六七〇号にあつては加熱によつて当然乾燥が行われるものと認められる)圧搾して茎類の処理物と布とを一体的にする一種の繊維製品の製造法であると言う点で一致しており、ただ茎類及び接合剤の種類、塗着、乾燥及び圧搾にローラーを用いるか否か、及び製品名に於て若干相違しているに過ぎないことが認められるが、この等の相違点につき考えて見るに、本件発明の唐もろこしの茎と特許第一〇〇六七〇号の高粱の茎とは共に禾本料植物の茎であつて、繊維製品の製造に用いた場合その効果上格別の差異あるものとは認め難く、又本件発明における腐敗甘藷の使用はその中にある澱粉質を接合剤として利用する為であることは明白であるところ、澱粉質含有の廃物をこの種の目的に利用することは成立に争のない乙第二号証(特許第一六六〇〇七号明細書)に示された甘藷蔓の利用に於て、既に本件特許出願前公知に属するものとなつていることを認め得るから本件発明に於けるような腐敗甘藷の利用は格別新規のものとは言うことができない。又塗着、乾燥、圧搾の手段としてローラーを使用するようなことは工業上ありふれたものにすぎないこと当裁判所に顕著なところであり、その効果に於て特許第一〇〇六七〇号の方法と格別差異があるものと認め難い。更に本件発明に於てはその製品は表装用布紙であると言い、之を以て製本用資料に供すると言つているけれども、前記甲第一号証の本件発明の明細書(第一枚目第十一行――第十二行)によれば「書籍表装用布紙及壁張並びにカアテン其他工芸用資材を得る」とあつてその製品は必ずしも製本用資料に供するに限らないことが明らかであり、右用途の内壁張用の如きは特許第一〇〇六七〇号の建築材料に用いると全く同様であつて、畢竟製品の用途に於ても両者相等しい場合が存するものと解されなければならない。然らば両者その原料、製造工程及び製品の用途等すべての点で均等なものであり、結局本件発明は審決の引用した前記特許第一〇〇六七〇号及び第一六六〇〇七号から当業者に於て容易に思い付き得る程度のものにすぎずして、特許法第一条にいわゆる発明を構成するものと認め難く、成立に争のない甲第八号証(審決書)によれば審決に於ても畢竟以上と同趣旨の理由の下に本件特許出願を排斥したものであることを認め得べく、従つて審決の判断は相当であり、右と異る見解の下に審決を非難する原告の右(3)の主張も之を認容することができない。
然らば原告の主張はすべて失当であり、審決の判断は正当であつて、その取消を求める本訴請求は理由のないものであるから民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決した。
(裁判官 小堀保 原増司 高井常太郎)